怪我のアイシング、本当に必要?最新の医学的知見から考える

はじめに:昔は常識だった「アイシング」
スポーツや日常生活で怪我をしたとき、「とりあえず冷やしておこう」と思ったことはありませんか?捻挫や肉離れなどの急性期の怪我には、昔から「RICE(ライス)プロトコル」という応急処置が推奨されてきました。RICEとは、安静(Rest)、冷却(Ice)、圧迫(Compression)、挙上(Elevation)の頭文字をとったもので、特に「冷やす(アイシング)」は、痛みや腫れを抑えるために欠かせないものとされてきました。
しかし、近年、この「アイシング」に対する考え方が大きく変わってきています。実は、RICEプロトコルを提唱した医師自身も、2014年頃には「アイシングや完全な安静は、かえって治りを遅らせる可能性がある」と見解を改めています。
今回は、最新の医学的知見に基づき、怪我のアイシングが本当に必要なのか、そのメリットとデメリット、そしてこれからの怪我のケアについて、分かりやすく解説していきます。
アイシングの「良いところ」と「気をつけたいところ」
痛みを和らげる効果は確か!
アイシングの最大のメリットは、やはり「痛みを和らげる」効果です。冷やすことで、痛みの信号が脳に伝わりにくくなり、一時的に痛みが軽減されます。怪我をした直後のつらい痛みを和らげるのに役立つため、この点では今も有効な方法だと考えられています。
腫れや内出血を抑える?
アイシングは、血管を縮めて怪我をした場所への血流を減らすことで、腫れや内出血を抑える効果も期待されてきました。特に、内出血がひどい場合(例えば、強くぶつけて青あざになったような場合)には、今でもアイシングが推奨されることがあります。これは、出血を最小限に抑え、余計な腫れを防ぐためです。
でも、治りを遅らせる可能性も?
ここが、アイシングに対する考え方が変わってきた一番のポイントです。私たちの体には、怪我を治すための素晴らしい仕組みが備わっています。怪我をすると、まず「炎症」という反応が起こります。炎症と聞くと、腫れたり熱を持ったりして「悪いもの」と思いがちですが、実はこの炎症こそが、体を治すための最初のステップなのです。
炎症が起こると、体は壊れた組織や不要なものを片付ける「お掃除部隊」(マクロファージなどの免疫細胞)を怪我の場所に送り込みます。そして、このお掃除部隊が、新しい組織を作るための材料を運び、治癒をスタートさせる合図を出します。
アイシングで冷やしすぎると、この「お掃除部隊」が怪我の場所にたどり着くのを邪魔したり、活動を抑えたりしてしまう可能性があります。その結果、本来スムーズに進むはずの治癒プロセスが遅れてしまうのではないか、ということが多くの研究で指摘されています。
怪我のケア、常識が変わった!RICEからPEACE & LOVEへ
アイシングに対する見方が変わってきたことで、怪我のケアの考え方も大きく進化しています。
RICEからPOLICEへ(安静しすぎはNG!)
これまでのRICEプロトコルでは「安静(Rest)」が強調されていましたが、最近では「安静しすぎると、かえって筋力が落ちたり、治りが遅れたりする」ということが分かってきました。そこで、RICEに代わって提唱されたのが「POLICE(ポリス)プロトコル」です。
POLICEは、Protection(保護)、Optimal Loading(最適な負荷)、Ice(冷却)、Compression(圧迫)、Elevation(挙上)の頭文字をとったもの。ここで注目すべきは「最適な負荷(Optimal Loading)」です。これは、痛みのない範囲で、少しずつ体を動かしたり、負荷をかけたりすることで、組織の回復を促し、強くしていくという考え方です。
そして最新の「PEACE & LOVE」へ
さらに進化したのが、2019年に提唱された「PEACE & LOVE(ピース・アンド・ラブ)プロトコル」です。これは、怪我の直後(最初の3日間)は「PEACE」、それ以降の回復期には「LOVE」という、より長期的な視点を取り入れたケアの考え方です。
- PEACE(急性期:最初の72時間)
- Protection(保護):無理な動きから患部を守る
- Elevation(挙上):患部を心臓より高く上げて腫れを抑える
- Avoid Anti-Inflammatories(抗炎症剤の回避):炎症を抑えすぎない(アイシングも含む)
- Compression(圧迫):適度な圧迫で腫れを抑える
- Education(教育):自分の体の治癒力を信じ、正しい知識を得る
- LOVE(亜急性期:4日目以降)
- Load(負荷):痛みのない範囲で、少しずつ運動や負荷をかける
- Optimism(楽観):前向きな気持ちで回復に取り組む
- Vascularisation(血流促進):軽い有酸素運動などで血流を良くする
- Exercise(運動):積極的にリハビリ運動を行う
PEACE & LOVEプロトコルでは、急性期に「抗炎症剤の回避」が入っているのが大きな特徴です。これは、炎症が治癒に不可欠なため、痛み止めやアイシングで炎症を過度に抑えすぎないように、というメッセージが込められています。
まとめ:アイシングは「痛み止め」として、慎重に使う
怪我のアイシングは、もはや「絶対に必要なもの」ではありません。痛みを和らげる効果は確かにありますが、長期的な治癒を考えると、炎症を過度に抑えすぎないことが大切です。
- 怪我の直後で痛みがひどい場合や、内出血がひどい場合:短時間(10~20分程度)のアイシングは、痛みを和らげるために有効です。ただし、直接氷を当てず、タオルなどで保護しましょう。
- それ以外のほとんどの場合:痛みがないのに漫然と冷やし続けるのは、治りを遅らせる可能性があります。
- 最も大切なこと:痛みのない範囲で、できるだけ早く体を動かし始めること(最適な負荷)。そして、自分の体が持つ治癒力を信じ、前向きな気持ちで回復に取り組むことです。
怪我のケアは、常に進化しています。もし怪我をしてしまったら、最新の知識を持つ医療の専門家に相談し、自分に合った最適なケアを受けるようにしましょう。